読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あゝ名盤 シングル編③「神田川」南こうせつとかぐや姫

 

南こうせつかぐや姫神田川」(1973年9月20日)
A面「神田川
作詞 喜多條忠
作曲 南こうせつ
編曲 木田高介

 

B面「もういいじゃないか」
作詞 けむ秋尾
作曲・編曲 すぎやまこういち

 

神田川」はかぐや姫南こうせつ山田パンダ伊勢正三)の代表曲であり、1970年代フォークソングを象徴するような曲である。大ヒットした曲だが、当初はシングル曲ではなく、アルバム「かぐや姫さあど」(1973年7月20日)収録のアルバム曲だった。しかし当時、こうせつさんがDJを担当していた深夜放送のラジオ番組「パックインミュージック」で「神田川」を流したところ視聴者からのリクエストが殺到し、同番組のリクエストランキング1位になるという大反響になった。そこで急遽、シングルカットする事になりミリオンセラー(100万枚以上)を記録する大ヒット曲となった。
ちなみにシングル盤はアルバムバージョンとミックス違い。シングル盤では新たにフラットマンドリンの演奏が追加されている。

 

 

作詞をした喜多條忠さんは当時、文化放送放送作家で「神田川」以前にも「マキシーのために」などかぐや姫作品の作詞を手掛けたことがある。「神田川」以後のシングル「赤ちょうちん」「妹」などの作詞も喜多條忠さんだ。
こうせつさんに作詞を依頼された喜多條さんは新聞の折り込みチラシの裏に学生時代のほろ苦い思い出を綴り、歌詞にした。仕上がった詩を喜多條さんはこうせつさんに電話口で伝えると、何とこうせつさんは聞いた瞬間にメロディーが思い浮かんだらしい!?

喜多條さんの「神田川」誕生のきっかけというか原点にある学生時代のほろ苦い想い出については実は喜多條さん自身が「神田川」という本を1974年に出している。内容は喜多條さんの詩や1967年頃に19歳から20歳にかけて書いたという日記によって構成されている。
その日記に登場する「みちこ」という喜多條さんと別れてしまった女性こそが「神田川」の原点・・・ともいえるかもしれない。
神田川」は「あなたはもう忘れたかしら」と始まり、「若かったあの頃 何も怖くなかった ただ貴方のやさしさが怖かった」と締めくくる。つまりこの歌は発表された1973年を歌っているのではなく、喜多條さんの学生時代である1960年代後半の時代を歌っている。だから1973年当時「神田川」のように同棲していた人達よりも、むしろ過去に同棲していた“例えば70年安保の頃に学生運動をしていた“人達のほうがより多くの共感を得たのではないだろうか。

 

神田川」の印象的な美しいイントロや間奏、後奏のバイオリン演奏は当時、はちみつぱいのメンバーだった武川雅寛さんによるもの。ライブでかぐや姫メンバーだけで誰もバイオリンを弾く人がいない時は・・・正やん(伊勢正三)がアコースティックギタートレモロ奏法で弾いていた。あゝ・・・これはこれで味があって良いなぁ。

 

さて、ところで「神田川」のB面の曲を皆さんはご存知だろうか。B面は「もういいじゃないか」というアルバム未収録曲で山田パンダさんがリードボーカルを担当している。作詞が「けむ秋尾」という謎の人物。調べてもよくわからない。何者なのか誰か教えて欲しい。作曲・編曲は何故か有名なすぎやまこういちさんが担当している。何故、メンバーのオリジナル曲じゃないのか。「神田川」の頃はすでにオリジナル曲がたくさんあると思うのだが・・・。
そして、この「もういいじゃないか」という曲・・・独特のゆる~い空気とあきらめモード全開なのである。
ある意味、印象に残る隠れた名曲・・・のような気もする不思議な作品。