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あゝ名盤 シングル編⑤「なごり雪」イルカ

イルカ「なごり雪」(1975年11月5日)

A面「なごり雪
作詞・作曲 伊勢正三
編曲 松任谷正隆

 

B面「ラバーボール」
作詞・作曲 イルカ
編曲 石川鷹彦

 

なごり雪」、今でも数多くのアーティストによってカバーされ、また1970年代フォークソングを代表する名曲になっている。イルカさんの代表曲として有名だが、実はイルカさんの「なごり雪」もカバー。「なごり雪」は元々、かぐや姫時代の正やん(伊勢正三)が書いて歌っていて、かぐや姫として録音されているのがオリジナル。

 イルカさん(本名 神部としえ)は元々、シュリークスというグループに途中から参加しデビューした。シュリークスは何度かメンバーが入れ替わり、最終的にはイルカさんと夫である神部和夫さんの2人になった。(2人は1972年に結婚。イルカさんの旧姓は保坂としえ)

シュリークスは1974年解散・・・という事になり、イルカさんはソロになり夫の神部和夫さんはプロデューサーになった。

 

ソロデビュー曲は「あの頃の僕は」(1974年10月25日)で当時、かぐや姫のメンバーだった正やん(伊勢正三)が書いた作品だった。かぐや姫は一緒にステージに立った事もある音楽仲間だった。
その後1975年4月12日、かぐや姫解散し正やんは元・猫のメンバーだった久保やん(大久保一久)と風を結成し活動を始める。かぐや姫解散寸前、1975年2月5日に風は「22才の別れ」でデビューした。「22才の別れ」は正やんがかぐや姫時代、かぐや姫のアルバム「三階建の詩」(1974年3月12日)の為に書いた曲でシングルカットの要望が多い曲だった。その「三階建の詩」に「22才の別れ」とともに正やんが書いた人気の高い曲があった。それが「なごり雪」だ。
当時、かぐや姫で結局シングル化されなかった2曲は解散後、風「22才の別れ」、イルカ「なごり雪」でシングルとなり大ヒットする事になった。

 

イルカさんに「なごり雪」を歌わせたいと名乗りをあげたのは夫・神部和夫さんだった。イルカさん本人は戸惑った。「なごり雪」はかぐや姫の名曲として人気が高く、恐れ多くて歌えない・・・そんな気持ちだったという。しかし、作者である正やんが「『なごり雪』が好きなら歌えばいい。僕はうれしい、好きなように歌えばいい」と背中を押し、歌う事になった。こうして「なごり雪」はイルカさんの代表曲になった。

 

なごり雪」はイルカさんのアルバム「夢の人」(1975年11月5日)にも収録されている。シングルもアルバムも同じ1975年11月5日に出ている。しかし、シングルとアルバムでは別バージョン。シングルは松任谷正隆さん、アルバムは石川鷹彦さんのアレンジ。どっちも素晴らしい。

 

B面「ラバーボール」はイルカさんのオリジナル曲。この曲もアルバム「夢の人」に入っているし、同じ石川鷹彦さんのアレンジだけどアルバムとは別バージョン。というより、アルバム「夢の人」は河口湖のロッジでレコーディングというコンセプトなのでシングルと内容が異なるのだ。
「ラバーボール」は明るい曲調で楽しいイルカさんらしい作品。当時この曲はよくコンサートで歌っていたらしい。前向きになる良い曲。